特攻隊生き残り有名人の真実|西村晃や千玄室が生還した理由と戦後

特攻隊生き残り有名人の真実|西村晃や千玄室が生還した理由と戦後の要点を詳しく解説してご紹介します。

昭和から平成にかけて映画やテレビ、伝統文化の第一線で活躍した人物の中に、特攻隊員として死線をくぐり抜けた過去を持つ人々がいます。戦後の華やかな活躍の裏には、仲間を失い自らも死を覚悟した壮絶な原体験が存在していました。

代表的な人物の1人が、TBS系ドラマ『水戸黄門』の2代目黄門役や悪役の名演で知られる特攻隊生き残り俳優の西村晃氏です。日本大学専門部芸術科在学中に学徒出陣で海軍に入隊した西村氏は、海軍航空隊の飛行科予備士官として訓練を受け、特攻部隊に編入されました。

西村晃氏が後年にテレビ番組の特別インタビューや手記で語った西村晃特攻隊エピソードによると、出撃の朝、別れの盃を交わして愛機に乗り込んだものの、発進直前に機体の油圧系統トラブルが発覚。機体の調整がつかないまま出撃は見送りとなり、その後まもなく8月15日の玉音放送を聞くことになりました。「自分だけが生き残ってしまった」という強烈な自責の念は、終生消えることがなかったと明かされています。

文化界における象徴的な存在が、茶道裏千家第15代家元(現・千玄室大宗匠)の千玄室氏です。同志社大学在学中に学徒出陣で海軍に入隊した千玄室氏は、徳島海軍航空隊で練習機「白菊」を特攻機へと改造した部隊に配属されました。

千玄室特攻隊体験談として語り継がれているのは、出撃直前の隊員たちへ点てた最後の一服です。自ら茶筅を振るって同期の特攻隊員たちに抹茶を振る舞い、仲間たちが飛び立っていく背中を見送りました。千玄室氏自身も出撃待機の身でありながら、出撃順の巡り合わせの直前に終戦を迎えました。戦後、茶道を通じた世界平和活動「一碗からピースフルネスを」を掲げて世界各国を巡航した背景には、特攻で散った戦友たちへの鎮魂の誓いがありました。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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