阿部寛のメンズノンノ伝説!43回連続表紙の真相と苦悩の逆転劇

阿部寛のメンズノンノ伝説!43回連続表紙の真相と苦悩の逆転劇にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

モデルとして頂点を極めた阿部寛に、映画界が触手を伸ばすのは必然の流れでした。1987年、大人気少女漫画を原作とした映画『はいからさんが通る』の伊集院忍少尉役に抜擢され、南野陽子の相手役として華々しい銀幕デビューを飾ります。しかし、この華麗な転身こそが、彼にとって約10年に及ぶ暗黒期の幕開けでした。

当時の映像業界において、阿部寛が抱えていた最大の武器は、皮肉にも最大の足枷へと変貌します。

1. 当時としては規格外すぎた「189cmの身長」

昭和から平成初期のテレビドラマ界では、主演女優の平均身長は150cm台後半から160cm前後が主流でした。189cmの阿部寛が並ぶとツーショットの画角に収まりきらず、カメラマンや照明技師が立ち位置の調整に苦殺することになります。さらに、当時の主役級男性俳優陣からも「隣に並ぶと背が高すぎてバランスが悪くなる」と敬遠され、キャスティングの候補から真っ先に外される事態が相次ぎました。

2. 「立っているだけでセリフが棒読み」という業界のレッテル

演技の基礎訓練を受けていないまま人気先行で映画主演を果たしたため、批評家や現場スタッフからは「セリフが棒読みのモデル芝居」「顔だけの置物」と手痛い酷評を浴びました。当時はまだファッションモデルから俳優への転身成功例が極めて少なく、「モデルあがりに芝居ができるわけがない」という映画人・テレビマンの強烈な先入観が阿部寛を打ちのめしました。

3. バブル崩壊と数億円の借金、そしてパチンコ生活

モデル時代の莫大な収入を元手に、知人の勧めもあって投資用マンションを購入していた阿部寛を、1990年代初頭のバブル崩壊が直撃します。不動産価格は暴落し、手元に残ったのは数億円規模の巨額な借金でした。

仕事は激減し、オファーされる役柄は徐々に端役や単発ドラマの脇役へと縮小。自著や過去のテレビ特番で阿部本人が明かしたところによると、「約3年もの間、仕事がほとんどなく、毎日のようにパチンコ店へ通って日銭を稼ぎ、生活費を工面していた」という極限状態に追い込まれていました。かつて全国の書店に自分の顔が並んでいた男が、誰にも気づかれないよう帽子を目深にかぶり、パチンコ台の玉を見つめ続ける日々。華やかなメンズノンノ時代との凄まじい落差がそこにありました。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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