阿部寛のメンズノンノ伝説!43回連続表紙の真相と苦悩の逆転劇

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阿部寛のモデルデビューは、計算された野心から始まったものではありませんでした。中央大学理工学部電気工学科という理系キャンパスに通っていた1985年、姉の強い勧めによって「集英社第3回ノンノ・ボーイフレンド大賞」に応募。本人の回想によれば、「優勝賞品が車(新車)だったから」という至って純朴な動機でした。

見事に優勝を果たした阿部は、女性ファッション誌『non-no』の男性モデルとして誌面に登場するやいなや、読者アンケートで凄まじい支持を獲得します。その熱狂を受け皿として、1986年春に創刊されたのが男性向けファッション誌『MEN'S NON-NO』でした。

創刊当初、誌面を二分して牽引したのが阿部寛と風間トオルのコンビです。笑顔が爽やかで親近感のある風間トオルと、彫刻のような精悍さと圧倒的なスタイルを誇る阿部寛。ふたりは「ノンノボーイ」として女子大生から社会人女性までを熱狂させ、サイン会を開けば書店を何重にも取り囲むファンが殺到する社会現象を巻き起こしました。

当時の誌面写真を見ると、オーバーサイズのジャケット、ハイウエストのタックパンツ、大胆な色使いのニットなど、バブル景気に向かう日本の高揚感を象徴するスタイルが見事に収められています。どんなに癖のある衣装であっても、阿部寛が袖を通すとエレガントなモードへと昇華されるため、国内外のハイブランドからも指名が殺到する状態が続きました。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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