田端義夫『かえり船』が戦後に起こした奇跡|引き揚げの涙と誕生秘話

田端義夫『かえり船』が戦後に起こした奇跡|引き揚げの涙と誕生秘話の詳細解説を解説します。専門的な知識が満載です。

田端義夫という歌手の特異性は、その泥臭いまでの人間味と庶民性にありました。1919年(大正8年)に三重県松阪市で生まれた彼は、幼少期に極貧の中で育ち、丁稚奉公などを経て独学で歌の道を切り拓きました。1939年(昭和14年)の『島の船唄』でのデビュー以来、彼の歌声は常に社会の底辺で懸命に汗を流す庶民の味方であり続けました。

トレードマークとなったのは、愛器であるギブソン社製ピックギター(L-30)を胸の高い位置に抱え、威勢のいい「オース!」という挨拶とともに笑顔を振りまくステージングです。しかし、その陽気なキャラクターの奥底には、戦前・戦中・戦後と過酷な激動を生き抜いた表現者ならではの深い陰影が刻まれていました。

後年のインタビューや手記において、田端は『かえり船』について「全国を巡業するたび、客席のあちこちからすすり泣きが聞こえてきて、自分自身も胸が詰まって歌えなくなることが何度もあった」と述懐しています。自身の名声のためではなく、聴き手の流す涙を全身で受け止めようとする真摯な姿勢こそが、「バタヤン」が生涯にわたり大衆から絶大な支持を集め続けた最大の理由でした。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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