大川橋蔵の死因の真相と病魔の正体|銭形平次の闘病と家族の現在
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昭和を代表する歌舞伎役者出身の映画スターであり、テレビ時代劇の金字塔を打ち立てた大川橋蔵の命を奪った直接の死因は、結腸癌(大腸がんの一種)から移行した多発性肝転移です。
異変が表面化したのは、ギネスブックにも認定された『銭形平次』の最終回(第888回)の撮影が無事に終了した1984年の春以降でした。長年の過酷な撮影スケジュールを乗り切った直後から激しい倦怠感と体調不良を訴え、同年9月4日に東京都内の慈恵医大病院へ緊急入院することとなりました。
開腹手術の段階で病状はすでに極めて進行しており、原発巣である結腸から肝臓全体へと広範囲にがん細胞が転移している状態でした。当時の医療水準では根治切除が極めて困難な末期状態であり、主治医団による懸命な延命治療にもかかわらず、入院からわずか3カ月後の12月7日午前1時7分、享年55の若さで息を引き取りました。