原子炉への海水注入はなぜ遅れたのか?廃炉覚悟の決断と緊迫の真相

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原子力発電所において、原子炉圧力容器内に海水を流し込む行為は、電力事業者にとって「そのプラントの寿命が永久に終わること」を意味します。通常の冷却水には徹底して不純物を取り除いた純水(脱塩水)が使用されますが、そこに大量の塩分を含む海水を投入することには、工学的・経済的に極めて重い代償が伴います。

最大の理由は、塩化物イオンによる金属材料の急速な腐食です。原子炉の圧力容器や配管、燃料被覆管(ジルカロイ合金やオーステナイト系ステンレス鋼)は高温高圧環境下で海水に触れると、短時間で「応力腐食割れ」や激しい孔食を起こします。一度海水で満たされた炉内機器や配管系は再使用が不可能となり、数百億円から数千億円規模の資産価値を持つ原子炉は、その瞬間にスクラップ(廃炉)となることが確定します。

さらに技術的なリスクとして警戒されたのが、塩分の結晶化(塩析出)による冷却流路の閉塞と再臨界リスクでした。炉心が高熱状態のまま海水が蒸発を続けると、残された塩分が固形化して燃料集合体の隙間を塞ぎ、かえって除熱を阻害する危険性があります。また、中性子を吸収して核分裂反応を抑えるホウ酸を同時に注入しなければ、未曾有の事態において再臨界を引き起こす懸念も理論上排除できませんでした。現場はまさに、国土を守るための「破滅的な資産放棄」という究極のトレードオフを突きつけられていたのです。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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