江戸の雅「投扇興」の真相!源氏物語の役と点数・初心者の体験法を徹底解剖
江戸の雅「投扇興」の真相!源氏物語の役と点数・初心者の体験法を徹底解剖の概要と注目ポイントを一挙に解説しました。
投扇興の歴史は、江戸時代中期の安永2年(1773年)頃にまで遡ります。その起源には諸説ありますが、京都の貴族・紀定晴(きのさだはる)が考案したという説や、江戸の下町で蚊遣り具に止まった蝶や行灯の上の的を扇で叩き落とした日常の戯れから着想を得たという説が有力とされています。
当初は路傍の気軽な遊びとして広まったものの、あまりの面白さに町民が熱中しすぎたため、江戸幕府から「賭博行為・風紀紊乱」として一時禁止令が出されたほどでした。その後、舞台を浅草や吉原のお座敷遊びへと移し、芸者衆のもてなし文化や文人墨客の高尚なサロン遊戯として洗練されていきました。
明治維新や戦後の混乱期に一時衰退の危機を迎えましたが、昭和後期から平成にかけて伝統芸能復興の機運が高まり、現在では「東都投扇興保存会」などを中心に、格式ある競技・遊戯文化として脈々と受け継がれています。