清水建設創業者の正体とは?越中大工から巨頭へ導いた血統と歴史の真相
清水建設創業者の正体とは?越中大工から巨頭へ導いた血統と歴史の真相についての真相をご紹介します。
清水建設の起源は、江戸時代の創業1804年文化元年にさかのぼります。創業者の名は初代清水喜助。現在の富山県富山市にあたる越中婦負郡(ねいぐん)の農家に生まれ、幼少期から大工修行に打ち込んで腕を磨いた人物です。
北陸の大工といえば、豪雪に耐えうる頑強な木造架構と緻密な木工技術で全国にその名を知られた存在でした。初代喜助は自らの技量一つを頼りに江戸へ上り、文化元年、江戸神田鍛冶町において大工請負業を開業します。これが、現在売上高数兆円規模を誇るスーパーゼネコン創業期の産声でした。
江戸の町は大火が頻発し、復興に伴う建築需要が常に旺盛な土地柄でした。喜助は持ち前の誠実な仕事ぶりと類まれな技術力で徐々に町方からの信頼を獲得。やがて日光東照宮の修復工事や、江戸城本丸御殿造営という幕府直轄の国家事業に加わる大工棟梁へと上り詰めていきます。社史記録にも「利を追うよりも信を重んじる」という初代の堅実な職人気質が記されており、これが後の社是「子どもたちに誇れるしごとを。」へと直結する創業精神の礎となりました。