シベリア出兵とは?理由と米騒動の真相・失敗の結末を徹底解説
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Q1:シベリア出兵を一言でわかりやすく言うと何ですか?
A1:1918年から1922年にかけて、ロシア革命による共産化の阻止とチェコスロバキア軍救出を口実に、日本をはじめとする連合国がロシアのシベリア地方へ軍隊を派遣した軍事干渉戦争です。日本は他国が撤兵した後も領土的野心から居座り続け、多大な犠牲を出して失敗しました。
Q2:シベリア出兵と米騒動はどのような関係がありますか?
A2:政府が出兵を決定したことで、軍隊用の米の買い付けを見越した商人が米を買い占め、米価が急騰しました。生活苦に陥った庶民が全国で暴動を起こし(米騒動)、出兵を進めた寺内正毅内閣が退陣に追い込まれ、原敬による本格的政党内閣が誕生する契機となりました。
Q3:なぜ日本軍だけが1922年まで撤退しなかったのですか?
A3:陸軍参謀本部が東シベリアに親日政権を樹立して権益を確保しようとしたこと、途中で起きた「尼港事件」の賠償や居留民保護を口実に軍部が撤退を拒否したこと、そして内閣が軍部を統制できない政治構造(統帥権の独立)が存在したためです。
Q4:シベリア出兵の結果、日本社会にはどのような影響が残りましたか?
A4:財政面では約10億円もの国費を浪費して戦後不況を深刻化させ、外交面では米英から強い不信を買って国際的に孤立しました。一方で、国内では米騒動を契機に労働運動や農民運動が活発化し、大正デモクラシーの進展を後押しする皮肉な結果も生みました。