喜びの歌の歌詞・カタカナ・日本語訳を網羅!第九合唱の深層と真実
話題沸騰中の 喜びの歌の歌詞・カタカナ・日本語訳を網羅!第九合唱の深層と真実について、詳しいまとめを分かりやすく掲載しています。
世界的に見ても、「年末の風物詩として国中のプロ・アマチュアオーケストラが一斉に第九を演奏する」という国は日本以外にほぼ存在しません。ヨーロッパ諸国では、第九は国家的な記念式典や新劇場のこけら落としなど、極めて特別な節目にのみ演奏される記念碑的作品です。
この特異な文化の起源として広く流布しているのが、「第一次世界大戦時、徳島県鳴門市の板東俘虜収容所でドイツ兵捕虜が日本で初めて全曲演奏した(1918年)ことがきっかけ」という歴史的エピソードです。収容所所長・松江豊寿の温情的な処遇と日独の文化交流が生んだ美談であることは史実ですが、これだけでは「なぜ年末なのか」「なぜ全国的な商業的ブームになったのか」の理由としては決定的に不十分です。
歴史社会学および音楽産業史のデータが暴くもう一つの真相は、戦後復興期における日本のオーケストラの「越冬資金(ボーナス)確保作戦」という極めて切実な経済的動機です。
1940年代後半、財政難に喘いでいた新交響楽団(現・NHK交響楽団)や東京交響楽団などの日本のオーケストラは、12月になると団員の給与や越冬手当の支払いに窮していました。そこで目をつけたのが、大規模な合唱団を動員できる第九でした。当時、合唱団員として参加する数千人のアマチュア市民、その家族や知人が一斉に高額な演奏会チケットを購入したため、「年末に第九を打てば絶対に満席になり、赤字を補填できる」という興行的な成功モデルが確立されたのです。
この経済的必要性に、日本人が古来より持つ精神文化が見事に合致しました。1年間の苦難を洗い流す「煤払い(すすはらい)」や「忘年会」の感覚と、過酷な葛藤を経て歓喜へと到達する第4楽章のドラマツルギーが共鳴。「第九を聴き、歌うことで1年間の苦労を浄化し、新たな年を迎える」という集団的カタルシスが、高度経済成長期の日本社会に深く根付いていったのです。