悪魔の楽器バンドネオンとは?構造や音色の魅力と難易度の真相を徹底解剖
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情熱と哀愁の国アルゼンチンの象徴となったバンドネオンですが、その出自は遠く離れた19世紀半ばのドイツにあります。1840年代、ドイツ西部の街クレーフェルトで楽器商を営んでいたハインリヒ・バンド(Heinrich Band)が、既存のコンサーティーナを改良して音域を大幅に拡張したのが始まりです。「バンドネオン(Bandonion)」という名称も、彼のファミリーネームに由来しています。
開発の本来の目的は、「貧しい教会や屋外の宗教行進でパイプオルガンの代わりを果たす携帯用礼拝楽器」でした。オルガンを購入する財力のない小規模な会堂や鉱山労働者たちのコミュニティにおいて、賛美歌の重厚な和音を野外で響かせるための実用的な道具だったのです。19世紀後半のドイツ北部・東部では、炭鉱夫たちの娯楽や家庭音楽のツールとしても広く親しまれていました。
この敬虔な宗教楽器の運命を一変させたのが、19世紀末から20世紀初頭にかけて吹き荒れた大西洋を渡る移民の波でした。ドイツから南米へと渡った貧しい労働者や船乗りたちのトランクに詰め込まれたバンドネオンは、ブエノスアイレスの港町ラ・ボカへと流れ着きます。港の酒場や裏通りの売春宿で、孤独な移民たちが抱える望郷の念、貧困、日々の鬱屈と激しい情念を吐露するための音を求めていたとき、バンドネオンが持つ「軋むような慟哭の音」が奇跡的な共鳴を果たしました。
教会の祈りを奏でるはずだった楽器は、こうして淫靡で哀切極まる街角の音楽「アルゼンチンタンゴ」の核として心臓の役割を担うことになります。祈りの道具から夜のストリートの主役へ――。このドラマチックな転生こそ、バンドネオンが内包する複雑な陰影と狂熱のルーツです。