フェアプレイとは?一流が守る本質とスポーツマンシップとの決定的な違い
フェアプレイとは?一流が守る本質とスポーツマンシップとの決定的な違いについて徹底解説いたします。詳細な分析をご覧ください。
制度化が進む一方で、人々の記憶に刻まれるのは規則の枠を超えたアスリート同士の情動です。現場の記者席やテレビ中継を通して世界中を震撼させたオリンピックのフェアプレイエピソードには、共通して「勝利よりも大切な価値」を選び取った人間の気高さが存在します。
2021年の東京五輪・男子走高跳決勝で起きた決断は、近代五輪史に残る一幕でした。カタールのムタズ・エサ・バルシム選手とイタリアのジャンマルコ・タンベリ選手は、2メートル37を成功させた後、ともに2メートル39を3回連続で失敗。公式ルールでは単独優勝者を決める「ジャンプオフ(優勝決定戦)」に進む権利がありました。しかし、バルシム選手が審判員に向かって「金メダルを2人で分けることは可能か?」と静かに問いかけ、承認された瞬間、両者は抱き合って歓喜を爆発させました。激しい負傷を乗り越えてきたライバルの軌跡を知るからこそ、相手を蹴落とす勝負を拒み、互いを讃え合う道を選んだのです。
サッカー界におけるフェアプレイの具体例として語り継がれるのが、2000年12月のイングランド・プレミアリーグ、エバートン対ウェストハム戦でのパオロ・ディ・カーニオ選手のプレーです。同点で迎えた試合終了間際、絶好のセンタリングが上がった瞬間、相手ゴールキーパーが膝を負傷してピッチに倒れ込みました。無人のゴールへボールを蹴り込めば劇的な決勝点となる場面で、ディ・カーニオ選手はシュートを放たず、両手でボールをキャッチして試合を止め、相手治療を優先させたのです。スタジアム全体がスタンディングオベーションに包まれ、同選手には後にFIFAフェアプレー賞が授与されました。
報道各社の特番インタビューや自著で語られるのは、「あの状況でゴールを決めても、自分の生涯にわたる誇りにはならない」という共通の心理です。極限の勝負師たちが見せたこの選択は、フェアプレイが「自己犠牲」ではなく「自己の尊厳を守る行為」であることを雄弁に物語っています。