タツノコプロ波乱の歴史と現在|創業から身売り劇の真相まで全解剖

タツノコプロ波乱の歴史と現在|創業から身売り劇の真相まで全解剖にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

日本のアニメーション産業史において、タツノコプロが果たした最大の貢献の一つは「卓越した人材育成機関」としての機能です。手塚治虫氏の虫プロダクションが数々の独立スタジオを生み出したのと同様に、タツノコプロからも日本のトップスタジオを率いるリーダーたちが次々と巣立ちました。

代表的な例が、1979年に設立された「スタジオぴえろ(現・ぴえろ)」です。同社の設立者である布川郁司氏はタツノコプロの演出出身であり、タイムボカンシリーズなどを手がけた経験をベースに独立しました。スタジオぴえろ 出身者のネットワークは、後に『NARUTO -ナルト-』や『BLEACH』といった世界的人気作を制作するスタジオの礎を築くことになります。

さらに特筆すべきは、プロダクションIG 独立 経歴です。タツノコプロで制作プロデューサーを務めていた石川光久氏は、同社が設立した分室「竜の子制作分室(アイジータツノコ)」を母体として1987年に独立。押井守監督を擁して『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』を世界的大ヒットに導き、世界的映像スタジオへと飛躍しました。

演出・作画部門だけでなく、キャラクターデザイナーの天野喜孝氏、メカニックデザイナーの大河原邦男氏、総監督として数々の名作を指揮した笹川ひろし氏など、現代のアニメカルチャーを定義した巨匠たちがすべてタツノコプロの門下生でした。社内で異なる個性同士を激突させ、若手にも積極的にチャンスを与える自由闊達な現場環境が、業界全体を牽引するトップランナーたちを育んだと言えます。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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