地獄の黙示録』結末の真相とは?狂気の撮影秘話と3つの版の違いを徹底解説
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「この映画はベトナムについての作品ではない。この映画そのものがベトナムなのだ。我々はジャングルにいた。あまりに人数が多く、あまりに金を使いすぎ、少しずつ狂気に侵されていった」――1979年のカンヌ国際映画祭の記者会見で、コッポラ監督自身が語ったこの告白以上に、撮影現場の実態を的確に表した言葉はありません。ドキュメンタリー映画『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』や、監督の妻エレノア・コッポラの手記『ノーツ―コッポラの黙示録撮影日記』に詳細に記録された裏話は、もはや一つの伝説です。
当初予定されていた撮影期間はわずか6週間でしたが、フィリピン奥地のロケーションは悪夢の連続となり、最終的な撮影日数は238日(約8カ月)、編集を含めた製作期間は3年以上に及びました。当初1,200万ドルから1,400万ドルと見込まれていた製作費は約3,150万ドル(当時のレートで約70億円、現在の価値換算では約200億円規模)へと跳ね上がり、資金ショートに追い込まれたコッポラは自身の所有するワイナリーや不動産をすべて抵当に入れて個人保証を行いました。プレッシャーからコッポラは3度も自殺をほのめかし、体重は45キロも激減したと記録されています。
現場を襲った主なアクシデントは、枚挙にいとまがありません。
- 巨大台風によるセット全壊:撮影開始直後の1976年5月、大型台風オルガが直撃。精巧に建造された巨大セットの大半が破壊され、撮影は数カ月間の中断を余儀なくされた。
- 主演マーティン・シーンの心臓麻痺:当時36歳だったシーンは、現場の過酷なストレスとアルコール摂取が重なり、撮影終盤に重度の心臓発作で昏倒。神父から最後の秘跡(終油の秘跡)を受けるほどの危篤状態に陥った。
- マーロン・ブランドの完全な準備不足と怪演:破格のギャラ(週給100万ドル)で雇われたマーロン・ブランドは、原作『闇の奥』を一行も読まず、脚本も頭に入れず、体重100キロを超える肥満体型で現場に現れた。コッポラは絶望の末に脚本を書き直し、彼を全身黒衣で包み、暗闇の中から頭部だけが浮かび上がる照明設計を考案。これが結果として映画史に残る不気味な怪演を生み出す契機となった。
- 美術スタッフによる本物の死体調達事件:カーツの神殿周辺に漂う死の気配を演出するため、美術担当者が墓荒らしの密売業者から本物の人間の遺体複数体を購入して現場に配置。現地の警察が踏み込み、スタッフ全員がパスポートを没収され尋問を受けるという異常事態まで発生した。
フィリピン軍から借り受けていたヘリコプターが、撮影の最中に反政府ゲリラ掃討作戦のため突如として飛び去ってしまう日常茶飯事の混乱の中、スタッフ全員がマラリアの恐怖やドラッグの蔓延に晒されていました。フィクションを撮るはずだった現場は、いつしか本物の戦争そのもののカオスへと変貌していたのです。