飛騨川バス転落事故の真実|死者104名の惨劇と奇跡の生還が生んだ教訓

飛騨川バス転落事故の真実|死者104名の惨劇と奇跡の生還が生んだ教訓の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。

事故の発端となったのは、名鉄観光サービスが主催した「奥乗鞍・上高地を訪ねるツアー」だった。参加者の多くは、愛知県名古屋市内の主婦や子どもを中心とする一般家族連れであり、総勢773名が15台の貸切バスに分乗して8月17日夜に名古屋を出発した。

だが折悪しく、日本列島には台風7号から変わった温帯低気圧が接近し、活発な前線を刺激していた。岐阜県美濃地方から飛騨地方にかけては観測史上例を見ない猛烈な集中豪雨が襲来。白川町周辺では1時間雨量60ミリ以上、総雨量は300ミリを突破する異常気象と化していた。

運行隊列が国道41号線を北上する中、道路上には小規模な土砂崩れや冠水が相次いで発生。先行する車列は進行を阻まれ、白川町河岐付近でUターンを試みるも、後方でも土砂崩落が発生して完全に孤立した。豪雨が大地を揺らす中、立ち往生を余儀なくされたバスの車列を、さらなる自然の猛威が襲う。

運命の瞬間は8月18日午前2時11分頃に訪れた。国道41号線の山側斜面が幅約30メートル、高さ約100メートルにわたって大崩落を起こし、大量の巨岩と土砂が道路上へ一気に雪崩れ込んだ。押し寄せる土石流は、路上に停車していた5号車と6号車を直撃。2台のバスはガードレールを突き破り、増水して激しく渦巻く約15メートル下の飛騨川本流へ転落したのである。

小林 直樹

小林 直樹

トレンドリサーチャー

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。

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