高度4万2000メートルの静寂へ――2026年、日本の民間気球が到達した「宇宙の境界線」と絶望からの脱出劇
高度4万2000メートルの静寂へ――2026年、日本の民間気球が到達した「宇宙の境界線」と絶望からの脱出劇の見逃せないポイントを一挙に解説しました。
ここまでの道のりは惨憺たるものだった。プロジェクトの起算点となった2023年、同社は3度にわたる上空での破裂事故を起こし、実験機を太平洋に沈めている。資金は底をつき、スポンサー企業は相次いで撤退。社員の半数が去った。
転機となったのは、開発方針の完全な転換だった。それまでの「厚く強固な膜」から「薄くしなやかに変形する膜」への設計変更。エンジニアたちは長野県にある老舗の合成繊維メーカーとタッグを組み、0.01ミリ単位での厚み制御技術を確立した。失敗の度に回収された気球の破片を集め、顕微鏡で亀裂の起点を特定する泥臭い作業が2年間続いた。
「みんな『もう無理だ』と言っていた。でも、素材の引張試験データだけは『まだ行ける』と主張していたんです」と神島は笑う。