大化の改新の語呂合わせ決定版!乙巳の変との違いと年号暗記術
大化の改新の語呂合わせ決定版!乙巳の変との違いと年号暗記術の基本情報から最新動向までをわかりやすく整理しました。
中学や高校の歴史の授業で「昔覚えた内容と違う」と戸惑う保護者や受験生が少なくありません。最大のポイントは、乙巳の変 大化の改新 違い 理由を正確に整理できているかどうかです。
645年に飛鳥の板蓋宮(いたぶきのみや)で中大兄皇子(のちの天智天皇)と中臣鎌足(のちの藤原鎌足)が蘇我入鹿を討ち、父の蘇我蝦夷を自害に追い込んだクーデター劇、これこそが「乙巳の変」です。干支(かんし)が「乙巳(いっし/きのとみ)」の年であったことから命名されています。
一方の「大化の改新」は、この政変の後に即位した孝徳天皇のもと、日本初の元号「大化」が制定され、都を難波宮(なにわのみや/現在の大阪市)に移して推進された一連の国家改革全般を指します。そして、改革の基本方針が示されたのが翌年・646年の「改新の詔」です。つまり、「政変(点)=乙巳の変」「政治改革(線)=大化の改新」という時間軸の把握が不可欠になります。