八田與一の死因に迫る|大洋丸沈没事件と軍極秘記録が明かす真実
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八田與一の名を歴史に不滅のものとしたのは、1920年代から10年の歳月を費やして完成させた嘉南大圳建設事業だ。当時の台湾南方は、乾季になると大地がひび割れ、雨季には洪水が襲う不毛の荒野だった。彼はこの広大な土地を潤すため、前例のない規模の大ダムと網の目のように張り巡らされた給排水路の建設を提案した。
官民一体となった台湾水利組合の主導のもと、彼は東洋一と称された半成盛土ダム(セミ・セミコンクリートダム)方式を採用。技術的な困難や1923年の関東大震災による予算削減という逆境を乗り越え、約15万ヘクタールにおよぶ農地を恵みの地へと変えさせた。この途方もない土木水利事業の成功こそが、台湾をアジア有数の米作地帯へと押し上げた原動力である。