大久保利通暗殺の真相|紀尾井坂の変に潜む動機と黒幕説の正体
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国家の頂点に君臨した指導者が、なぜ白昼に命を奪取されたのか。大久保利通暗殺の理由を解き明かす鍵は、明治維新がもたらした急激な近代化の歪みと、特権階級の地位を奪われた不平士族たちの心理にあります。
主犯である島田一郎は加賀藩(石川県)の士族出身でした。明治維新によって断行された「廃刀令」や「秩禄処分(家禄の廃止)」は、武士としての誇りだけでなく、生活の糧そのものを奪い去る致命的な打撃となりました。刀を捨て、商売の才覚も持たない膨大な数の士族たちが路頭に迷い、貧困に喘いでいたのです。
事件の前年である1877年(明治10年)には、西郷隆盛を旗頭に掲げた日本最後の内戦「西南戦争」が勃発。政府軍によって西郷が城山で自刃し、士族による武力反乱の道は完全に閉ざされました。この敗戦を受け、島田一郎らは「もはや軍事的な蜂起で天下を変えることは不可能である。奸臣(大久保利通)を個別に暗殺する天誅以外に道はない」と狂信的な決意を固めたのです。
島田らは凶行直後、自首すると同時に「斬奸状(ざんかんじょう)」と題した声明文を政府や関係各所へ提出しました。この文書には、大久保利通を筆頭とする政府中枢の罪状として以下の「5カ条」が明記されていました。
- 民意の圧殺と国会開設の遅延:公論を顧みず、国会を開かずに独裁を行っていること。
- 法令の濫発と私権の侵害:都合に合わせて朝令暮改の法令を乱発し、国民を苦しめていること。
- 不必要な国費の乱費:無用な土木事業や洋風建築に巨額の国費を投じ、財政を疲弊させていること。
- 忠臣の放逐と国患の醸成:西郷隆盛をはじめとする有為の功臣を排除し、国家を混乱に陥れたこと。
- 外交の失策と国威の失墜:外国に対して屈辱的な外交姿勢を続け、主権を毀損していること。
これらの告発文の根底を貫いていたのが、薩摩閥・長州閥の一部有力官僚が国家の全権力を独占する「有司専制(ゆうしせんせい)」に対する怨嗟です。不平士族たちの目には、大久保利通が民衆の困窮を無視し、己の権勢と独断で国家を私物化している暴君と映っていたのです。