君死にたまふことなかれ|与謝野晶子が弟へ贈った衝撃の真相

今注目を集めている 君死にたまふことなかれ|与謝野晶子が弟へ贈った衝撃の真相について、主要な情報を分かりやすく掲載しています。

『明星』の発売直後、文壇に強烈な激震が走りました。当時の有力雑誌『太陽』1904年10月号において、保守派の著名な文芸評論家・大町桂月が「家を思ひ、妻を思ふは人情の自然なるべし。然れども、戦時に際してこの情を漏らすは国家の大義を忘れたるもの」として晶子を指弾したのです。

桂月は晶子の詩を「乱臣賊子(らんしんぞくし=国家に反逆する悪人)の言」と断じ、「皇室中心主義の眼から見れば、到底許すべからざる悪詩である」と痛罵しました。戦時下において国民が戦意を喪失することを何より恐れた国家主義的言論人の典型的な反応でした。

これに対し、晶子は一歩も退きませんでした。『明星』1904年11月号に『ひらきぶみ(桂月生に答ふ)』と題する長文の公開反論書を掲載します。

「歌は歌に候。詩歌は真情のあらはれにて候へば、国家の大義と個人の情愛はもとより別個のものに候。(中略)晶子は乱臣賊子に候や、危険思想の持ち主に候や」

晶子は「詩歌とは人間が心の底から抱く真情の吐露であり、誰からも命令されたり制限されたりする筋合いはない」と反論しました。国家を否定しているのではなく、弟を愛する女性としての真実の心を詠んだまでであると堂々と主張したこの論争は、日本の文学史において「表現の自由と個人の尊厳」を正面から論じ合った最初の画期的な出来事となりました。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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