宇多田ヒカル『First Love』奇跡の真相と歴代売上の全貌
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1998年12月9日、宇多田ヒカルが『Automatic / time will tell』で突如としてメジャーシーンに現れた瞬間を、当時の音楽関係者は「黒船来航」と表現しました。当時15歳、間もなく16歳を迎えようとしていた日米を行き来する無名の少女が放った本場のR&Bグルーヴと、類いまれな日本語の譜割りは、それまでのJ-POPの文法を瞬時に過去のものへと変えてしまったのです。
そして1999年3月10日、満を持してリリースされた1stアルバム『First Love』に収録された表題曲は、これ以上ないほど純度の高いバラードでした。当時の音楽プロデューサーやレコーディングエンジニアの証言によると、宇多田ヒカルはピアノの前に座り、ほぼ独力でメロディラインと歌詞の骨格を組み上げたといいます。アメリカ・ニューヨークのスタジオカルチャーと、昭和歌謡の哀愁を色濃く受け継ぐ母・藤圭子の血筋が奇跡的な調和を果たし、10代特有の瑞々しい感性と老成した達観が同居する唯一無二の楽曲が誕生しました。
もともとアルバム収録曲の1曲に過ぎなかったこのバラードは、リスナーからの圧倒的な反響とタイアップ決定を受け、1999年4月28日に8cmおよび12cmシングルとして緊急シングルカットされます。アルバムをすでに数百万人が購入している状況下にもかかわらず、シングル単体でも80万枚以上を売り上げる異例のヒットを記録。16歳の少女が紡いだ私小説的な失恋歌は、瞬く間に日本全国のあらゆる世代を包み込む社会現象へと昇華していきました。