『裸の大将』再放送されない理由とは?山下清の実話とおにぎりの真相

『裸の大将』再放送されない理由とは?山下清の実話とおにぎりの真相についての真相を徹底解説します。

Q1:ドラマ『裸の大将放浪記』は現在、動画配信サービス(サブスク)で視聴できますか?
A1:全話を常時配信している単独のサブスクリプションサービスは現在極めて限定的です。過去にはFOD(フジテレビオンデマンド)で一部エピソードが配信された実績があるほか、CS放送の「日本映画専門チャンネル」や「チャンネル銀河」「ホームドラマチャンネル」等で定期的に芦屋雁之助版や塚地武雅版の集中一挙放送が実施されています。確実に視聴したい場合は、大手レンタル店やセル版DVDボックスの利用が最も手堅い手段となります。

Q2:山下清はなぜあれほど長い間、日本中を放浪し続けたのですか?
A2:直接的な最初のきっかけは、1940年(昭和15年)、18歳の時に徴兵検査から逃れるためでした。軍隊の厳しい規律や暴力に対する恐怖から八幡学園を脱走したのが始まりです。しかし戦争が終わった後も放浪を繰り返した理由について、清本人は自著『放浪日記』の中で「ただ歩きたかったから」「学園の単調な生活から逃れ、自由になりたかったから」と素朴に記しています。自然への純粋な好奇心と、束縛を嫌う天性の自由人としての気質が放浪を突き動かしていました。

Q3:劇中で有名な「野に咲く花のように」は山下清が作った歌ですか?
A3:いいえ、山下清本人が作った歌ではありません。1983年にドラマ『裸の大将放浪記』の主題歌として制作されたオリジナル楽曲です。作詞を杉山政美氏、作曲を昭和の名作曲家・小林亜星氏が手掛け、フォークデュオのダ・カーポが歌唱を担当しました。ドラマのヒットとともに国民的愛唱歌となり、現在も合唱曲や学校の教科書などに広く採用されています。

Q4:山下清の貼り絵の代表作『長岡の花火』は、現地で花火を見ながら制作されたのですか?
A4:いいえ、現地では一切制作されていません。清は1949年の長岡復興花火大会を実際に現地で鑑賞しましたが、その場ではメモやスケッチすら取っていません。後日、八幡学園に戻ってから自らの脳内に焼き付いた映像記憶だけを頼りに、ピンセットも使わず指先だけで精緻な色紙を貼り合わせて完成させました。驚異的な直観像記憶の賜物として美術史に残る名作です。

伊藤 翔太

伊藤 翔太

フード&トラベルライター

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest