田中角栄の妾と愛人の全貌|神楽坂芸者と越山会の女王、子供の現在

田中角栄の妾と愛人の全貌|神楽坂芸者と越山会の女王、子供の現在の注目されている理由を丁寧にまとめました。最新トレンドを一目で把握できます。

角栄の複雑な愛憎関係は、当然ながら次世代の血脈へと引き継がれました。公に認められた後継者である田中真紀子氏と、日陰の身として育った田中角栄の隠し子たちの関係は、戦後政治史における最も痛ましい確執のひとつです。

角栄の正規の田中角栄家系図において、嫡出子として育ったのは元外務大臣の田中真紀子氏ただひとりです(真紀子氏の兄である長男・正法氏は5歳で病死)。幼少期から父・角栄の寵愛を一身に浴び、その弁舌と気性の激しさを最も色濃く受け継いだ真紀子氏にとって、父を奪い合う愛人たちとその子供たちの存在は耐え難い屈辱でした。関係者の証言によると、真紀子氏は青年期以降、目白の自宅に父の愛人関係の痕跡が入り込むことを徹底して排除し続けたとされています。

一方、辻和子が生んだ息子のうち、世間に広く知られているのが田中京の経歴です。1951年に生まれた田中京氏は、角栄の実子でありながら「田中」姓を名乗ることを許されず、幼少期は母親の姓で育ちました。学習院中等科・高等科を経て成蹊大学へ進学。大学卒業後は日本コロムビアで音楽ディレクターとして働き、数々のヒット曲を手がけました。その後は音楽評論家や銀座のバーのオーナーなど多彩な顔を持ち、自著『絆―父・田中角栄の熱情』などで「父親としての角栄」の素顔を温かい視線で描き出しています。京氏は2020年代以降も時折メディアに登場し、激動の時代を駆け抜けた父の思い出を証言し続けています。

そしてもう一人、世間の耳目を集めたのが佐藤昭子の娘である佐藤敦子の現在です。敦子氏は1957年生まれ。昭子の前夫との婚姻中に生まれたため当初は前夫の戸籍に入っていましたが、長年「角栄の隠し子」と噂されていました。角栄が1985年に脳梗塞で倒れ、政治力を失った晩年に正式に角栄の認知を受けました。敦子氏は母の死後、手記などを通じて母・昭子と角栄の壮絶な愛憎劇を世に問い、メディアの過剰な詮索から距離を置きつつ、市井の一市民として静かな生活を守り続けています。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest