東電Ol事件・渡邉泰子の素顔|美貌のエリートが堕ちた闇と真相
東電Ol事件・渡邉泰子の素顔|美貌のエリートが堕ちた闇と真相の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。
1997年3月19日、渋谷区円山町の木造アパート「喜寿荘」1階の空き部屋で、絞殺された渡邉泰子さんの遺体が発見されました。事件直後、現場アパートの隣室に不法滞在していたネパール人男性、ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏が強盗殺人容疑で逮捕されました。
一審の東京地裁は無罪判決を下したものの、二審の東京高裁で逆転有罪(無期懲役)となり、最高裁で確定。しかし、日本弁護士連合会などの支援を受けた再審請求の過程で、現場に残されていた精液や被害者の爪から、マイナリ氏とは異なる第三者の男性DNA型が検出されたのです。
2012年、東京高裁での再審公判においてマイナリ氏の再審無罪が確定し、検察側の証拠開示のあり方や冤罪の構造が厳しく批判されました。この結果、「東電OL殺人事件」は真犯人の謎が解明されないまま公訴時効(当時の殺人罪の時効、後に撤廃)を迎えた未解決事件となり、彼女を死に至らしめた真犯人の正体は現在も闇の中に閉ざされています。