横山裕の本名「横山侯隆」の由来と改名理由|壮絶な生い立ちと家族愛
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横山裕さんの人間的な深みや責任感の強さを語る上で外せないのが、その壮絶な生い立ちと家族構成です。
横山さんは幼少期に両親が離婚。母親が再婚したものの、義父との折り合いが悪く、厳しい環境の中で育ちました。母親と義父の間に生まれた2人の弟(6歳下と8歳下)が誕生した後は、長男として幼い弟たちの面倒を一身に背負うことになります。
中学卒業後、高校には進学せず、家計を助けるために地元の建設会社に就職。昼間は現場で肉体労働に従事し、夜や週末に芸能活動を行うという極めて過酷な日々を送っていました。当時の現場作業着を着たまま新幹線に飛び乗り、東京のスタジオへ向かったというエピソードは、同世代のアイドルの中でも類を見ない泥臭い下積み経験です。
その後、母親の2度目の離婚や、2010年に関東公演のリハーサル中に届いた最愛の母親の急逝(享年50)という深い悲劇に見舞われます。母親の葬儀を終えた直後もステージに立ち続けたプロ意識は、多くのファンの涙を誘いました。
母親亡き後、横山さんは「自分が父親代わりになる」と決意。下の弟の大学進学費用や専門学校の学費、生活費をすべて自らの稼ぎで負担し、立派に社会人として自立するまで育て上げました。現在、弟たちの結婚式で横山さんが号泣したエピソードなどからも、血縁以上の深い絆がうかがえます。