三億円事件の最重要容疑者・少年Sの実名と死因の謎【真相検証】

三億円事件の最重要容疑者・少年Sの実名と死因の謎【真相検証】を徹底追究! 知っておきたい 重要ポイントを凝縮して配信します。

事件発生から7年後の1975年(昭和50年)12月10日、公訴時効(当時の刑法における強盗罪・窃盗罪の刑事責任)が成立しました。さらに1988年(昭和63年)には民事上の損害賠償請求権も時効を迎え、法律上、真犯人が名乗り出ても一切の罪を問えない状態が完成しました。

これほど大規模な捜査網を敷きながら未解決事件に終わった理由として、現代の犯罪心理学および警察行政の分析では以下の3点が挙げられます。

  • 遺留品の多さが生んだ「情報過多の罠」:現場には白バイモドキのヤマハスポーツ350、メガホン、ヘルメット、発煙筒など120点以上もの遺留品が存在した。しかしその大半が「全国で大量生産されていた既製品」であり、販売先を特定する過程で捜査本部がパンク状態に陥った。
  • 科学捜査の未発達と指紋の取り扱い:1968年当時はDNA型鑑定が存在せず、指紋採取技術も現在より未熟だった。輸送車の内外には銀行員や野次馬の指紋が混在し、真犯人の単独指紋を特定・照合する精度に限界があった。
  • 組織内部のセクショナリズム:刑事部と警備部(過激派捜査)の対立、警視庁本庁と所轄署(府中署・立川署)の主導権争いにより、少年Sの周辺情報や重要証言の共有に致命的なタイムラグが生じた。

事件から半世紀以上が経過した現在、事件に関わった捜査員、目撃証言者、そして捜査線上に挙がった容疑者たちの多くはすでに他界、あるいは80代後半から90代の高齢に達しています。「真犯人は今どこにいるのか」という問いに対し、盗まれた紙幣が世界中のどこでも1枚たりとも流通確認されなかった事実を鑑みれば、犯人は金を一銭も使わずに隠蔽したまま死亡したか、あるいは海外へ持ち去り人知れず生涯を閉じたという見解が有力です。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest