会津さざえ堂の二重螺旋の謎!すれ違わない理由と2026年最新情報

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この前代未聞の堂宇を考案したのは、当時飯盛山にあった正宗寺(しょうしゅうじ)の住職・郁堂(いくどう)禅師です。正式名称である「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」の「三匝(さんそう)」とは「3回めぐる」という意味を持ち、仏教における右繞三匝(うにょうさんそう/仏や仏塔の周りを右回りに3回まわって敬意を示す礼法)に由来しています。

江戸時代、庶民の間で西国三十三観音霊場を巡る巡礼旅が大流行しました。しかし、東北の会津から関西一円の霊場を巡る旅は莫大な費用と数カ月もの時間を要し、庶民にとっては一生に一度叶うかどうかの大願でした。そこで郁堂禅師は、「この堂を1度参拝してスロープを巡るだけで、三十三観音すべてをお参りしたのと同じ功徳が得られるシステム」を考案したのです。

かつて堂内のスロープ沿いには西国三十三観音像が安置されており、参拝者は一方通行で歩くだけで安全かつ混雑することなくすべての観音像を拝観できました。明治初期の神仏分離令と廃仏毀釈によって正宗寺は廃寺となり、観音像は撤去されて現在は「皇朝二十四孝」の額が掲げられていますが、建物自体は当時の姿のまま奇跡的に残されました。

また、さざえ堂が建つ飯盛山は、戊辰戦争(会津戦争)において壮絶な最期を遂げた白虎隊士自刃の地としても全国に知られています。城下の火災を見て落城と誤認した白虎隊士が辿った「戸ノ口堰洞穴」からさざえ堂、そして隊士の墓所へと続く一角は、会津の歴史と祈りが凝縮された特別な空間となっています。

清水 千尋

清水 千尋

フード&トラベルライター

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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