なぜ原敬は平民宰相と呼ばれたのか?爵位辞退と暗殺の真相

なぜ原敬は平民宰相と呼ばれたのか?爵位辞退と暗殺の真相についての最新情報をご紹介します。

首相就任後の原敬は、立憲政友会の党勢拡張と国力増進を図るため、大規模な「積極政策」を展開しました。その主軸となったのが、高等教育機関の拡充、鉄道網の整備、産業振興、そして国防の充実です。

政策項目詳細・具体的な施策同時代の対比・評価現代歴史学における評価高等教育の拡張大学令の制定(私立大学・単科大学の認可)、官立高校・専門学校の新設ラッシュ慶應義塾・早稲田などが正式に大学昇格、高等教育進学枠が飛躍的に拡大大正文化や中間層の形成を支えた極めて先駆的な制度改革として高評価交通網の整備(我田引鉄)全国規模の鉄道敷設計画。地方選挙区への積極的な路線誘致野党や都市知識人から「我田引鉄」「党利党略の利益誘導」と激しく糾弾地方の近代化を促した一方、金権政治と腐敗の土壌を生む副作用を抱えた選挙制度改革小選挙区制の導入、納税要件を直接国税10円以上から3円以上へ緩和有権者数は約146万人から約300万人へ倍増するも、普通選挙を断固拒絶政友会の地盤防衛を優先し、民意の急進的拡大を恐れた現実的妥協策対外協調外交ワシントン会議への全権派遣(海軍軍縮条約の締結)、シベリア出兵の収束模索軍部強硬派や国家主義勢力から「弱腰外交」「国権の毀損」と反発を招く国際協調路線の先駆けとして、後の幣原外交への架け橋となった

教育分野において慶應義塾大学や早稲田大学などの私立大学を公認し、高等教育の門戸を大きく開いた功績は今も高く評価されています。一方で、地方へ鉄道を敷設する見返りに党派支持を取り付ける政策は「我田引鉄(がでんいんてつ)」と揶揄され、政友会を中心とした利益誘導型政治の原型を作り出しました。

橋本 菜々子

橋本 菜々子

トレンドリサーチャー

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest