朝鮮王の土下座「三田渡の屈辱」とは?清への降伏儀式と歴史の真相
朝鮮王の土下座「三田渡の屈辱」とは?清への降伏儀式と歴史の真相の真相や最新動向に迫る! わかりやすい言葉でまとめました。
降伏の儀式に続き、両国の間で締結されたのが三田渡の盟約です。この盟約によって、それまでの対等な関係や兄弟関係は破棄され、完全な君臣関係(清朝朝鮮冊封関係)へと移行しました。
取り決められた主な条件は、朝鮮にとって極めて重いものでした。
- 明との断交:明から授かった印章を清へ引き渡し、明の年号使用を即時停止すること。
- 人質の差し出し:仁祖の長男である昭顕世子(ソヒョンセジャ)と次男の鳳林大君(のちの孝宗)、および反清派大臣の子弟を人質として瀋陽へ送ること。
- 軍事支援義務:清が明などを征服する際、要求に応じて朝鮮軍を派遣すること。
- 巨額の朝貢:毎年、黄金、白銀、米、牛馬、布類などの膨大な貢物を清へ納めること。
- 捕虜と避難民の返還:清軍に連行された数十万人規模の朝鮮人捕虜について、勝手な買い戻しや逃亡者の匿いを禁止すること。
この結果、朝鮮は明への忠義を断ち切られ、清の属国として厳しい貢納と監視に苦しむことになります。連行された女性や民衆の悲劇は甚大で、朝鮮社会に拭い去れない傷跡を残しました。