東海道中膝栗毛とは?弥次喜多珍道中の結末と膝栗毛の意外な真相

東海道中膝栗毛とは?弥次喜多珍道中の結末と膝栗毛の意外な真相の詳細について、最新情報を取りまとめてご紹介します。

タイトルの「膝栗毛(ひざくりげ)」という言葉は、現代人の感覚では少々不思議な響きを持っています。この語の由来は、「栗毛(茶褐色の毛並みを持つ優秀な馬)を買う金も、馬を雇う銭もない貧乏人が、自分の膝を馬の代わりにして歩くこと」、すなわち「徒歩旅行(てくてく歩き)」を意味する江戸時代の痛快な言葉遊びです。「馬がないなら、己の膝を名馬だと思えばいい」という負け惜しみとユーモアが込められた、庶民の逞しい知恵から生まれた言葉でした。

そして、この過酷な徒歩旅行を繰り広げる主要な東海道中膝栗毛の登場人物が、以下の2人です。

  • 栃面屋弥次郎兵衛(とちめんや やじろべえ / 通称:弥次さん):神田八丁堀の長屋に住む中年男。もとは駿河国(現在の静岡県)の裕福な商家出身でしたが、放蕩の限りを尽くして身代を潰し、江戸へ逃げてきた過去を持ちます。見栄っ張りでお調子者、知ったかぶりをしては墓穴を掘るトラブルメーカーです。
  • 喜多八(きたはち / 通称:喜多さん):弥次郎兵衛の居候。もとは浅草の劇場の役者(女形)や薬売りをしていましたが、こちらも素行不良で職を転々としていました。弥次郎兵衛より若く身軽ですが、食い意地が張っており、弥次郎兵衛に輪をかけたドジを踏みます。

世間一般のイメージでは「気の合う仲良しのおじさん2人組」と捉えられがちですが、原文の冒頭に描かれる2人の関係性はより生々しいものです。実は弥次郎兵衛と喜多八はかつて「男色(衆道)」の契りを交わした愛人関係であり、長屋で同居生活を送っていました。しかも、真面目に働かない2人は家賃もツケも払えず、借金取りが連日長屋に押し寄せる限界状態に陥ります。追い詰められた2人は、夜陰に乗じて家財道具を売り払い、夜逃げ同然で江戸を脱出。その逃亡の口実として掲げられたのが、天下の晴れ舞台である「伊勢参り」だったのです。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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