青島幸男の伝説と真実|都市博中止の決断と多才すぎた生涯

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青島幸男氏のキャリアを語る上で欠かせないのが、戦後日本のテレビ黎明期から高度経済成長期にかけて発揮された、凄まじいまでのクリエイティビティです。早稲田大学大学院を中退後、ラジオやテレビの世界に飛び込んだ青島氏は、日本テレビ系の伝説的バラエティ番組『シャボン玉ホリデー』の構成を手掛けるなど、一躍トップ放送作家としての地位を確立しました。

特にハナ肇とクレイジーキャッツの楽曲において、青島氏が紡ぎ出した言葉は日本中を席巻します。1961年にリリースされた『スーダラ節』(「わかっちゃいるけどやめられねぇ」)をはじめ、『ドント節』や『ハイそれまでョ』など、高度経済成長に沸くサラリーマンの悲哀と本音を軽妙なユーモアで肯定した作詞は、まさに昭和の大衆心理を鮮やかに射抜いた金字塔でした。

さらに青島氏の知性と文才は純文学の領域でも結実します。1981年、自身の生家である東京・日本橋の仕出し弁当屋を舞台に、下町の庶民生活と女性のたくましい生き様を描いた自伝的小説『人間万事塞翁が丙午』を発表。第85回直木賞を受賞するという快挙を成し遂げました。タレントや放送作家の余技ではなく、本格的な文学作品として文壇から高い評価を受けたことは、青島氏の多才ぶりを象徴する決定的な出来事となりました。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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