小樽都通り商店街の現在|名店閉店の真相と2026年歩き方を徹底解剖
小樽都通り商店街の現在|名店閉店の真相と2026年歩き方を徹底解剖の全貌を丁寧に掘り下げてご紹介します。
都通り商店街の特異な骨格は、幕末から明治へと至る激動の日本史と深く結びついています。明治維新の箱館戦争で敗れた後、特赦によって明治政府の要職を務めた榎本武揚。彼は小樽の将来性に着目し、現在の大川町から稲穂町にかけての広大な土地を払い下げによって取得しました。通称「榎本農場」と呼ばれたこの土地を区画整理し、近代的な商業地として発展させた会社「北辰社(龍沢社)」こそが、都通り商店街の原点です。
大正から昭和初期にかけて、小樽港の繁栄とともに金融機関や百貨店が集まるメインストリートへと成長したこの地は、1967年(昭和42年)に大きな転換点を迎えます。札幌の狸小路に次ぐ、北海道で第2号となる全蓋式アルミ製アーケードを完成させたのです。全長約300メートルにわたる開口部は、積雪地帯である北海道の商店街にとって画期的なインフラでした。
冬の吹雪でも傘をささずに買い物が楽しめる空間は市民の絶大な支持を集め、「都通りに行けば何でも揃う」と言われた黄金期を築き上げました。現在のアーケードは1990年代に改修された2代目ですが、天井のデザインや幾何学的な鉄骨の組み方には、北の大地に近代都市を築こうとした先人たちの気概が色濃く刻み込まれています。