なんJの嫌儲思想はなぜ生まれたのか?ステマ騒動と転載禁止の真相
なんJの嫌儲思想はなぜ生まれたのか?ステマ騒動と転載禁止の真相とはどのようなものなのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。
ネットカルチャーにおける嫌儲思想の根底には、2011年末から2012年にかけて激震が走った「ステマ(ステルスマーケティング)騒動」と、それに連動した「まとめサイト転載禁止騒動」が存在します。当時、巨大掲示板の「ニュース速報板(ニュー速)」では、特定企業のゲームや飲食店を不自然に持ち上げるスレッドが組織的に乱立し、掲示板の自律的な会話が商業的に乗っ取られているという危機感が限界に達していました。
この不満が爆発したのが、2012年1月のいわゆる「ステマ移民」です。商業主義に汚染されたニュー速を捨てた数万人のユーザーが、元々過疎化していた「ニュース速報(嫌儲)板」へと一斉に移住。彼らは自らを「ケンモメン」と称し、無断転載によって月数百万円から数千万円規模のアフィリエイト広告収入を得ていた大手まとめブログへの反撃を開始しました。
一方のなんJは、2009年の「野球難民」流入以降、独特の「猛虎弁」やアスキーアート(AA)、内輪ノリのレスバトルを楽しむ独自の言論空間を形成していました。しかし、その爆発的なトラフィックと特有のユーモアに目をつけたまとめブログ管理人が、スレッドの文脈を恣意的に切り取り、「対立煽り」や「ヘイト発言」を意図的に抽出してアクセスを稼ぐ構造が定着してしまいます。
掲示板の住人が時間を費やして生み出したスラングや面白い掛け合いを、汗一つかかずにコピペして私腹を肥やすアフィリエイトブログ――。なんJ民にとって嫌儲思想の受容は、思想信条というよりも「自分たちの遊び場を食い物にされ、歪められたことへの強烈な屈辱感と報復感情」から必然的に生じたリアクションでした。