白浜の宮殿ホテル川久はバブル遺産?金箔天井と王様ビュッフェの真実

白浜の宮殿ホテル川久はバブル遺産?金箔天井と王様ビュッフェの真実とはどんな影響があるのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。

ホテル川久を語る上で避けて通れないのが、総工費約400億円という天文学的な投資と、バブル絶頂期の1991年に竣工したという特異な背景です。もともとは1949年に創業した由緒ある純和風旅館「川久」でしたが、当時の経営陣が掲げた「世界に通用する本物の迎賓館を白浜に造る」という壮大な野心から、大がかりな建て替えプロジェクトが始動しました。

基本設計を手掛けたのは、ポストモダン建築の騎手として知られる建築家・渡辺豊和氏。彼は単なる西洋ホテルの模倣を拒み、中国、ヨーロッパ、イスラム、日本の建築思想を融合させた未曾有のミクスト・カルチャー様式を具現化しました。当時の施工関係者が残した手記には、「予算に上限を設けず、世界最高峰の技術と素材だけを集めろという厳命が下っていた」と記されています。

外壁には、中国・北京の紫禁城(故宮)と同じ窯元で特別に焼かれた「緑瑠璃瓦」約7万3,000枚が葺かれ、屋根の上には皇帝の宮殿にのみ許された瑠璃色の光沢が白浜の空に映えています。外壁のレンガは英国の伝統的な手焼きレンガを採用し、城館の基礎部分には中世ヨーロッパの城塞を思わせる石積みが巡らされました。

しかし、会員権1口数千万円という超高級プライベートホテルとして船出したものの、バブル崩壊の荒波には抗えず、1999年に約400億円の負債を抱えて会社更生法を申請。その後、北海道を中心にリゾート事業を展開するカラカミホテルズアンドリゾート(旧・カラカミ観光)が経営を引き継ぎました。一般旅行客に広く門戸を開くリゾートホテルへと舵を切ったことで、かつて特権階級しか見ることのできなかった幻の宮殿が、一般に体感できる文化遺産として再生を遂げたのです。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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