黒柳徹子の英語力は本当にペラペラか?Ny留学と国際対談の真実
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黒柳徹子の語学力を語る上で絶対に外せない転機が、1971年、当時38歳の秋に決断したニューヨーク留学です。当時、彼女はNHKをはじめ各局で冠番組や帯番組を多数抱える超売れっ子タレントであり、分刻みのスケジュールに追われる毎日を送っていました。その地位と名声をすべて投げ打ち、当時としては極めて異例だった1年間の単身渡米に踏み切ったのです。
渡米の動機について、彼女は自著『チャックより愛をこめて』のなかで「テレビの世界で消費され尽くし、自分が空っぽになっていく恐怖があった」と赤裸々に告白しています。現地ではマンハッタンのアパートに一人で暮らし、演劇の名門であるメアリー・ターベル演劇学校(Mary Tarcai Acting Studio)に通い詰めました。そこでの日々は、優雅な語学留学とは程遠い、泥臭い自己研鑽の連続でした。
教室では、シェイクスピアの戯曲を用いた厳しいアクセント矯正や感情表現の訓練が朝から夕方まで続きました。英語が聞き取れずに立ち尽くす悔しさを味わいながらも、スーパーの店員やアパートの管理人、コインランドリーで出会うニューヨーカーたちと臆することなく言葉を交わす中で、黒柳は「完璧な英語を話そうとする自意識」を完全に脱ぎ捨てたといいます。このニューヨークでの濃密な1年間こそが、現在の物怖じしない国際対話力の強固な土台を作り上げました。