花田兄弟の絶縁理由はなぜ?貴乃花と花田虎上の確執と現在の真相
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1990年代初頭、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ「若貴ブーム」。父である元大関・貴ノ花の二子山部屋に入門したふたりは、端正な顔立ちと圧倒的な実力で空前の大相撲黄金期を築き上げました。しかし、光が強ければ影もまた濃くなります。関係者の証言や当時の報道を振り返ると、固い絆で結ばれていると信じられていた兄弟の間には、入門当初から決定的な「相撲観の乖離」が存在していました。
兄の花田虎上氏は、もともと相撲に強い執着を持っていたわけではなく、弟を守るため、そして家族のために角界へ身を投じたと自著やインタビューで語っています。天性の運動神経と多彩な技を駆使し、周囲への気配りを忘れないバランサーとして土俵に上がっていました。対照的に、弟の貴乃花光司氏は幼少期から「不惜身命」の精神を宿し、相撲道を純粋な神事・武道として捉える求道者でした。妥協を許さない弟にとって、兄の世渡りの上手さや柔軟な生き方は、時に相撲への不真面目さとして映ってしまった側面があります。
その亀裂が白日の下にさらされた象徴的な出来事が、1995年11月場所の史上初となる「兄弟優勝決定戦」でした。本割で勝利した兄・若乃花が弟・貴乃花と優勝を争うことになり、結果は若乃花が右下手投げで勝利。この一番を巡り、貴乃花の表情に浮かんだ凍りつくような冷ややかさは、当時の相撲ファンに強い衝撃を与えました。「立ち合いの瞬間に力を抜いたのではないか」という無責任な憶測が飛び交い、ふたりの内面にあった相撲に対する温度差が、修復不能な第一歩を踏み出した瞬間でもありました。