日本三奇「石の宝殿」はなぜ浮く?生石神社の謎と巨石オーパーツの真相

日本三奇「石の宝殿」はなぜ浮く?生石神社の謎と巨石オーパーツの真相について徹底解説いたします。最新の情報をご覧ください。

石の宝殿に関する最古の公的記録は、奈良時代初期(713年頃)に編纂された『播磨国風土記』に登場します。そこには「大神の造り賜へる石の宮殿」として、すでに古代において作意不明の巨石として認識されていたことが記されています。

社伝によると、日本の国造りを行った大国主命(オオクニヌシノミコト)と少彦名命(スクナビコナノミコト)の二神が、出雲から播磨の地を訪れた際、国土を鎮護するための宮殿を一晩で造営しようとしました。しかし、作業の途中で地元の阿閇津邑(あへつのむら)の悪神が反乱を起こしたため、宮殿作りを中断して鎮圧に向かいます。乱を平定した頃には夜が明けてしまい、宮殿は未完成のまま横倒しで残されたと伝えられています。

背面に回ると、幅約2メートル、高さ数メートルにわたる三角形の突起部(突起状のコブ)が確認できます。伝承では「この突起こそが屋根の棟にあたる部分であり、本来は立てて使うはずだった証拠」と語り継がれています。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest