背広とは何か?スーツと違う真相をプロが徹底解説
背広とは何か?スーツと違う真相をプロが徹底解説に関する知りたいポイントを初心者にも親しみやすくまとめました。詳細を読もうことができます。
「背広」という独特の漢字の成り立ちと発音には、古くから複数の語源説が存在し、服飾愛好家や歴史ファンの間で議論が交わされてきました。なかでも代表的なのが「イギリスのサヴィル・ロウ(Savile Row)転訛説」と「背幅が広いという形状由来説」の2大仮説です。
かつて広く信じられていたのが、ロンドンのメイフェアにある高級紳士服仕立て屋街「サヴィル・ロウ」が訛って「セビロ」になったという説です。明治初期の政治家や開明派の官僚たちが同地でオーダーメイドの服を仕立て、それを「サヴィル・ロウの服」と呼んでいたものが、庶民の間で「セビロ」へと変化し「背広」の漢字が当てられたというストーリーは非常に魅力的であり、多くの服飾解説書で紹介されてきました。
しかし、近年の言語学的な調査および服飾史料の厳密な照合により、サヴィル・ロウ説には文献上の裏付けが乏しく、後から創作された俗説(民間語源)である可能性が極めて高いと結論づけられています。
現在、国語学者や服飾史研究者の間で定説とされているのが「背幅が広い説」です。江戸時代末期から明治初期にかけて日本に入ってきた西洋の上着(ラウンジジャケットやサックコート)は、それまでの正装であった燕尾服(フロックコートやテールコート)のようにウエストを極端に絞り込まず、背中の布幅がゆったりと広く作られていました。着物文化に慣れ親しんでいた当時の日本人にとって、この「背幅の広さ」は最も特徴的な構造であり、そこから「背幅が広い服=背広服」と名付けられたという記録が当時の書簡や初期の辞書に残されています。
このほかにも、軍服(ミリタリーウェア)に対して民間人の平服を指す英語「Civil clothes(シヴィル・クローズ)」が訛ったという説も存在しますが、こちらも「背幅が広い」説を覆すほどの決定打には至っていません。いずれにせよ、「背広」という漢字自体は意味に合わせた巧みな当て字であり、西洋の服飾を日本独自の視点で解釈し受容した歴史的証拠と言えます。