八咫烏とは?3本足の謎から代表エンブレム・秘密結社の真相まで解説
八咫烏とは?3本足の謎から代表エンブレム・秘密結社の真相まで解説について見逃せない ポイントを分かりやすく解説いたします。
八咫烏の初出は、日本最古の歴史書である『古事記』および『日本書紀』に記された「神武東征(じんむとうせい)」の場面に遡ります。日向(現在の宮崎県)を発ったカムヤマトイワレビコ(後の神武天皇)一行は、大和(奈良県)を目指して瀬戸内海を渡るものの、難波の戦いで敗北を喫し、紀伊半島南端からの迂回を余儀なくされました。
この危機的状況において、険阻な熊野山中で一行が方角を見失い立ち往生していた際、高天原の天照大御神(あるいは高皇産霊尊)の命を受けて現れたのが八咫烏でした。八咫烏は深い山道の上空を飛び、軍勢の先導役を務めて大和橿原への進路を切り拓いたとされています。この神武東征の経緯こそが、八咫烏が現代に至るまで人生の岐路や勝負所において正しい道筋を示す「導きの神」として崇敬を集める最大の根拠です。
「八咫(やた)」という名称の「咫(あた)」は、古代の長さの単位で親指と中指を広げた長さ(約18センチメートル)を指します。「八咫」は文字通りの1.4メートル程度という意味にとどまらず、「非常に大きい」「神聖な広大さを持つ」という比喩表現として理解するのが通説です。
また、八咫烏の正体を探る上で見逃せないのが古代豪族との血縁的結びつきです。『新撰姓氏録』によれば、山城国(京都)の名門氏族である賀茂氏の祖先・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が八咫烏に姿を変えて神武天皇を先導したと明記されています。現在も京都の下鴨神社(賀茂御祖神社)では賀茂建角身命が主祭神として祀られており、八咫烏のルーツが単なる神話上の鳥ではなく、古代日本の祭祀と統治を支えた実在豪族の足跡と深く結びついている事実を物語っています。