世耕弘成の現在と自民党復党の行方|和歌山決戦の真相と裏金問題の全貌
世耕弘成の現在と自民党復党の行方|和歌山決戦の真相と裏金問題の全貌に関する注目トピックをまとめてご紹介します。関心のある方は必見です。
世耕弘成氏の衆議院選挙への鞍替えは、長年「紀南・紀北の対立」を内包してきた和歌山政界における宿命の対決でした。小選挙区の定数削減(1増1減に伴う定数減)により新和歌山2区が誕生した際、そこには自民党の長老・二階俊博元幹事長の後継である三男・二階伸康氏が自民党・公明党の強固な組織推薦を背負って立候補しました。
二階伸康氏との激突は、単なる一選挙区の争いを超え、「自民党公認・公明党推薦の巨大組織」対「離党勧告を受けた無所属の世耕氏」という、保守王国・和歌山を二分する代理戦争の様相を呈しました。当初、中央メディアは「党の推薦と創価学会票を持つ二階陣営が有利」と報じましたが、結果は世耕氏が10万票を超える得票を獲得し、約3万3000票の大差をつけて圧勝しました。
現地の選挙戦を取材した政治部記者は、勝敗を分けた要因を次のように分析しています。
「世耕陣営の勝因は、参議院議員時代から26年かけて網の目のように張り巡らせた個人後援会組織『新風会』の強固さにありました。加えて、世耕氏本人が軽トラックの荷台に立ち、マイク一本で農村部や山間地をくまなく回る『辻立ち戦術』を展開したことで、保守層に根強く残っていた『中央の処分劇に対する判官贔屓(びいき)』を見事に味方につけました」
公認権や推薦状を持たずとも、地元有権者と強固なパイプを直結させる手法は、組織選挙に頼り切っていた二階陣営の足元を根底から揺さぶる結果となりました。