「女のみち」宮史郎の伝説|怪物ヒットの裏に潜む莫大な印税と解散の真相
今注目を集めている 「女のみち」宮史郎の伝説|怪物ヒットの裏に潜む莫大な印税と解散の真相について、主要な情報を分かりやすく掲載しています。
なぜ演芸場の音曲漫才師が歌った泥臭い艶歌が、日本中を巻き込むメガヒットへと化けたのでしょうか。女のみちの発売年は1972年(昭和47年)5月10日。当時の日本は日本列島改造論が叫ばれ、急速な都市化と好景気の熱気に包まれていました。しかしその眩しい光の裏側には、地方から集団就職で上京し、都会の片隅で孤独や失意を抱えながら夜の街に身を寄せる無数の名もなき生活者たちが存在していたのです。
作詞をボーカルの宮史郎、作曲をギターの並木ひろしが手掛けた『女のみち』の歌詞は、決して洗練された都会的な詩情ではありませんでした。裏切られた男への未練、捨てられた女の情念、泥沼の中でしか生きられない自嘲を、一切の虚飾を剥ぎ取って描いています。
関係者の回顧録や当時のレコード会社制作資料によると、この曲はもともと演芸の舞台の合間に披露していた客いじりの余興曲でした。キャバレーやグランドキャバレーの酔客、ホステスたちの間で「あの泣かせる歌をもう一度歌ってくれ」と火がつき、自主制作盤として数百枚をプレスしたのが始まりです。有線放送にリクエストが殺到し、日本コロムビアから全国発売されるや否や、火のついた導火線は爆発的な社会現象へと拡大していきました。