1000年前は何時代?西暦1026年の平安中期と教科書にない生活実態
1000年前は何時代?西暦1026年の平安中期と教科書にない生活実態の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でご紹介しています。
小学校や中学校の歴史教科書では、「藤原道長が娘を天皇の后にして栄華を誇った」とあっさり説明される摂関政治の真相ですが、当時の一次史料を紐解くと、そこには凄まじい心理戦と権力への執着が存在していました。
道長が残した直筆の日記『御堂関白記』や、当時の政敵であり有能な実務官僚だった藤原実資(さねすけ)が記した『小右記』を詳細に読むと、道長は決して絶対無比の自信家ではなく、極度の病気への恐怖や怨霊・祟りに脅かされながら権謀術数を巡らせていた姿が浮かび上がります。
道長の権力基盤は、自らの娘たちを次々と天皇の后にし、生まれた皇子を幼少で即位させて「天皇の祖父(外祖父)」の座を独占することにありました。このシステムを機能させるため、宮廷内では娘たちに最高の教育と魅力的な文化サロンを与える必要が生じました。その中で起用されたのが、宮廷文学の最高峰『源氏物語』を著した紫式部や、『枕草子』の清少納言です。
つまり、私たちが現在目にするきらびやかな国風文化や紫式部源氏物語の文学的達成は、貴族社会の純粋な芸術活動というよりも、冷徹な外戚政治のプレゼンス向上を目的とした「政治的プロパガンダ」の一翼を担っていた側面を見逃せません。