坂口杏里の父親は誰?実父・田山恒彦と継父・尾崎健夫の真相と現在
坂口杏里の父親は誰?実父・田山恒彦と継父・尾崎健夫の真相と現在とは一体何なのか? 詳しい意味を簡潔に解説します。
実父である田山恒彦氏は、1980年代後半のバブル経済全盛期に、都市型リゾート開発や高級マンション分譲を手掛ける不動産会社「エステート・モア」などの代表・役員を務めていた実業家でした。当時、華やかな芸能界でトップスターとして君臨していた坂口良子さんと1986年に結婚した際は、各誌グラビアやワイドショーで「実業家と美女女優の華麗なゴールイン」として大々的に報じられました。
しかし、バブル経済の崩壊とともにその城は音を立てて崩れ去ります。膨らみ続けた開発資金の焦げ付きにより、田山氏の会社は破綻に追い込まれました。深刻だったのは、妻であった良子さんが会社の連帯保証人に名を連ねていた点です。残された負債総額は、利息を含めて約40億円超と伝えられています。自宅不動産の差し押さえや債権者からの催促が殺到する極限状況の中、良子さんは子どもたちを守るため、1994年に協議離婚を決断しました。
良子さんは自著の手記『グッドバイ、マイ・ラブ』でも、破綻当時の恐怖と絶望、そして幼い子どもたちの親権を死守した経緯を吐露しています。実父・田山氏は離婚後に公の場から姿を消し、杏里さんら子どもたちへの養育費の支払いや支援も事実上ストップしました。杏里さんにとって実父は「家族を崩壊に追い込み、最愛の母を借金地獄で苦しめた元凶」という認識として刷り込まれることとなり、幼少期以降の再会や交流は皆無、法的な親族関係のみを残した完全な絶縁状態が定着しました。
ネットニュースや週刊誌では現在、田山氏の消息について「すでに他界している」「海外で余生を過ごしている」など様々な臆測が飛び交っていますが、確定的な一次情報は公表されていません。少なくとも杏里さんの人生において、彼が実質的な父親として手を差し伸べた形跡は見受けられません。