旧三笠ホテルの現在は?2026年最新の改修進捗と再開全貌を徹底解剖
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旧三笠ホテルを語る上で欠かせないのが、創業者である実業家・山本直良(やまもとなおよし)の存在です。明治30年代、日本における製粉業の近代化を牽引した実業家であり、有島武郎や里見弴といった白樺派の文豪たちと親戚関係にあった山本は、自らの理想郷として軽井沢の三笠の地に西洋式ホテルの建設を決意しました。1905年(明治38年)に着工し、翌1906年に開業を果たしています。
当時、日本に存在していた名門ホテル(日光金谷ホテルや富士屋ホテルなど)の多くは外国人建築家の設計や指導を仰いでいましたが、山本直良は一切の妥協を排し、設計・施工から調度品の製作に至るまで日本人だけの手による純国産ホテルを作り上げることに拘り抜きました。棟梁を務めた小林代造をはじめ、東京高等工業学校(現・東京工業大学)教授の岡田時太郎が設計に関与したと伝えられる建物は、当時の日本の大工技術の粋を集めた記念碑的建造物です。
創業後の旧三笠ホテルには、近衛文麿、大隈重信、渋沢栄一といった政財界の重鎮から各国の外交官、名門華族、文化人たちがこぞって逗留しました。ロビーで毎夜繰り広げられた華やかな晩餐会やダンスパーティーの様子から、人々は敬意を込めてこの場所を「軽井沢の鹿鳴館」と呼んだのです。当時の手記や書簡には「高原の澄んだ空気の中に浮かぶ白亜と褐色の木造建築は、欧州の高級リゾートをも凌駕する品格を備えていた」と記されています。