極寒の攻防劇から54年——なぜ「あの湯気」は昭和・平成・令和を越えて日本人の食卓を温め続けるのか
今注目を集めている 極寒の攻防劇から54年——なぜ「あの湯気」は昭和・平成・令和を越えて日本人の食卓を温め続けるのかについて、詳しいまとめをご紹介しています。
テレビ報道の歴史において、あさま山荘事件の鉄球爆破シーンは今なお語り継がれる最高視聴率(民放とNHKを合わせて89.7%)を記録した。だが、その画面の隅で国民の目を奪ったのは、隊員たちが口にする「湯気の立つ何か」だった。
実は、1971年9月に発売されたばかりのこの商品は、当時の物価感からすると100円という強気の価格設定もあり、従来の袋麺(35円程度)に比べて苦戦を強いられていた。銀座の歩行者天国などで若者向けにPRしていたものの、全国的な爆発的ヒットには至っていなかったのだ。しかし、あの衝撃的な生中継を機に風向きは一変する。「あれは一体何なんだ?」「どこで買えるんだ?」という問い合わせが殺到し、注文が殺到。一夜にして全国区の認知度を獲得することとなった。