かぐや姫と帝はなぜ結ばれなかったのか?文通3年の真相と富士山の結末

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直接会うことを諦めた帝は、姫へ心を込めた和歌を送り、姫もまたそれに応えて返歌を贈るようになります。この文通は3年間にわたって続き、二人は誰よりも深く理解し合う知的なソウルメイトとなっていきました。

別れの時が迫る8月、かぐや姫が月の世界へ帰らざるを得なくなった際、帝に宛てて遺した手紙(文)と和歌には、偽らざる真情が溢れています。

【かぐや姫が帝へ遺した最後の和歌(現代語訳)】

「今はとて 天の羽衣 着る時ぞ 君をあはれと 思ひいでぬる」
(現代語訳:とうとう今、月へ帰る天の羽衣を着る時が来てしまいました。羽衣を着ると地上の記憶をすべて忘れてしまうと申しますが、その直前の今、あなたのことがあまりにも愛しく、切なく思い出されてなりません。)

かぐや姫は手紙の中で、「宮仕えをしなかったのは、決して帝を軽んじていたからではなく、地上にとどまれない身の上だったからです」と非礼を詫び、天人から渡された「不死の薬」の壺を添えて帝へ託しました。地上のすべてを忘れ去る天の羽衣を着る直前、かぐや姫の心を満たしていたのは、育ての親である翁夫婦への哀惜と、帝への深い思慕の情だったのです。

これを受け取った帝の悲痛な叫びが、次の返歌に凝縮されています。

【帝が詠んだ絶唱の和歌(現代語訳)】

「逢ふことも 涙に浮かぶ 我が身には 死なぬ薬も 何にかはせむ」
(現代語訳:もう二度とあなたに逢うことも叶わず、悲しみの涙に浮き沈みしているこの我が身にとって、永遠の命を得る不死の薬など一体何になりましょうか。何の役にも立ちません。)

山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

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