新選組最強・永倉新八の生涯|生き延びた理由と小樽での晩年・死因の真相

新選組最強・永倉新八の生涯|生き延びた理由と小樽での晩年・死因の真相を徹底追究! 知っておきたい トピックの裏側を分かりやすく展開します。

新選組の筆頭剣士として誰が一番強かったのかという議論において、当時の証言や記録で最も推されるのが永倉新八です。神道無念流の岡田十松(撃剣館)に学び、わずか18歳で免許皆伝を得た腕前は、実戦における破壊力と確実性で他を圧倒していました。かの阿部十郎が明治期に語った談話速記でも「一に永倉、二に沖田、三に斎藤」と評されており、天才肌の沖田総司や左片手突きで知られる斎藤一を凌ぐ実力者として位置づけられています。

永倉の剣術は、神道無念流特有の「力の剣」であり、踏み込みの鋭さと強烈な打突が特徴でした。池田屋事件では近藤勇らとともに真っ先に屋内に突入し、激闘の末に愛刀「播州住手柄山氏繁」の鍔元が折れ、親指を負傷しながらも最後まで戦線にとどまり続けました。この現場での圧倒的な耐久力と生還力こそが、彼が「実戦最強」と称される所以です。

隊士名流派・主な戦歴同時代人の評価・証言強さの特性・実戦スタイル永倉新八神道無念流(免許皆伝)
池田屋事件、油小路事件、鳥羽・伏見の戦い元隊士・阿部十郎「一に永倉、二に沖田、三に斎藤」強烈な踏み込みと撃剣の威力、乱戦における冷静な危機回避能力沖田総司天然理心流(塾頭)
芹沢暗殺、池田屋事件「刀で斬るというより突く」「天才的間合い」三段突きに代表される電光石火のスピード。病魔により早期離脱斎藤一無外流/一刀流
天満屋事件、会津戦争「無敵の剣」「暗殺・要人警護の切り札」相手の隙を逃さない勝負勘と左片手突き、最後まで生き残る実利主義
山口 彩花

山口 彩花

写真家・フォトエディター

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest