越山会の女王・佐藤昭子とは何者か|田中角栄の金庫番と愛憎の真実
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世間が佐藤昭子という名に抱くイメージは、妖艶な愛人像か、あるいは薄暗い密室で札束を数える「田中角栄の金庫番」というステレオタイプに偏りがちです。しかし、当時の自民党関係者や官僚たちの回顧録を検証すると、浮き彫りになるのは官僚顔負けの政策処理能力と、冷徹なまでの組織統括能力を併せ持った「超一流の政治ディレクター」としての姿です。
彼女が統括した「越山会(えつざんかい)」は、新潟3区を中心に最盛期には公称9万〜10万人を超える熱狂的な会員を抱え、全国の田中派議員を支えた日本最強の政治マシーンでした。道路開通、陳情の選別、選挙資金の割り振りに至るまで、越山会本部および平河町の田中事務所に持ち込まれる案件の第一関門となったのが佐藤昭子でした。
「昭子氏の承諾がなければ、大臣であっても角栄氏に会うことすら叶わなかった」と当時の番記者たちが証言するように、彼女は田中角栄という巨大な権力体にアクセスするための「絶対的なゲートキーパー」でした。権勢を誇った大物代議士たちが平河町のオフィスを訪れ、彼女の前で深々と頭を下げて推薦や資金援助を乞う光景は、永田町の日常的な力学として定着していたのです。