山上徹也の自衛隊経歴と除隊の真相|護衛艦まつゆきと銃撃の接点
山上徹也の自衛隊経歴と除隊の真相|護衛艦まつゆきと銃撃の接点の詳細解説をご紹介します。役立つ情報が詰まっています。
山上徹也の自衛隊歴を語る上で、決して避けて通れない重大な局面が2005年1月に呉基地内で発生した自殺未遂事案です。
山上元被告が自衛隊を離れた公式の除隊理由は「任期満了」ですが、その最終任期の最中、精神的・経済的に完全に追い詰められていました。生い立ちを遡ると、幼少期に父親を自死で亡くし、兄は小児がんで片目を失明。奈良県屈指の進学校である郡山高校を卒業しながらも、経済的困窮から大学進学を断念せざるを得ませんでした。
その元凶が、母親による世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への過剰な献金でした。父親の生命保険金約6,000万円や実家の不動産を次々と売却し、献金額は累計で1億円以上に達していたことが、後の裁判資料や親族の証言で確定しています。2002年には母親が自己破産を宣告。長男(山上の兄)の医療費や妹の生活費すら枯渇する極限状態に陥っていました。
山上は当時、自衛隊員として加入していた生命保険の受取人を兄妹に変更した上で、睡眠薬の大量服用による自殺を図りました。「自分が死んで保険金が下りれば、兄と妹が路頭に迷わずに生きていける」という、悲痛な自己犠牲の企図でした。未遂に終わった後、自衛隊の上官から親族へ連絡が入り、親族が身元引受人として呉基地へ駆けつけた記録が残されています。
自衛隊という国家機関の規律の中に身を置きながらも、家庭から容赦なく侵食してくる宗教問題の惨禍を遮断することはできなかったのです。回復後、任期延長を選択することなく、2005年8月に任期満了除隊を迎えました。