富士の樹海でコンパスは狂うのか?都市伝説の真相と現在の姿
富士の樹海でコンパスは狂うのか?都市伝説の真相と現在の姿についての真相をご紹介します。
青木ヶ原樹海の歴史は、平安時代初期の西暦864年(貞観6年)に発生した富士山の大噴火「貞観大噴火」から始まります。長尾山から噴出した膨大な溶岩流が、かつて存在した巨大な湖「せの海」の大半を埋め尽くし、冷え固まって不毛の大地を形成しました。
それから約1200年という植物遷移のタイムスケールとしては極めて若い期間で、コケ類が岩肌を覆い、ツガやヒノキ、コメツガ、アカマツといった針葉樹と広葉樹が混ざり合う針広混交林へと進化を遂げました。富士の樹海の生態系と歴史を紐解くと、極めて特殊な自然環境が浮かび上がります。
溶岩大地の上には、わずか数センチから十数センチ程度の薄い土壌(腐植土)しか蓄積していません。そのため、樹木の根は地中深く潜ることができず、溶岩の表面を這うようにタコ足状に露出する「板根(はんこん)」と呼ばれる独特の形状をとります。地盤が浅く強風で倒木しやすいため、倒れた木の上に新たな種子が芽吹く「倒木更新(とうぼくこうしん)」が繰り返され、独自の森の循環が維持されています。
地下にはガスが抜けた空洞が冷えて固まった「富士の樹海 溶岩洞窟」が無数に点在し、国の天然記念物に指定されている「富岳風穴」や「鳴沢氷穴」をはじめ、厳冬期の氷が夏でも残る特異な地下空間を作り出しています。