原田芳雄が遺した映画魂と伝説の真相|最後の舞台挨拶と家族の現在

原田芳雄が遺した映画魂と伝説の真相|最後の舞台挨拶と家族の現在にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

原田芳雄という表現者を語る上で欠かせないのが、後輩俳優たちとの深いつながりと、誰をも分け隔てなく包み込んだ強烈な人間的器の大きさです。とりわけ松田優作とのエピソードは有名で、優作は若手時代から原田の演技スタイル、歩き方、着こなし、さらには生き様そのものに激しく傾倒していました。『野獣死すべし』や『探偵物語』で見せた優作のアドリブ感やアウトローな空気感の根底には、原田芳雄という巨大な背中への強いリスペクトが存在していました。

優作は生前、「俺が本当に憧れ、超えたいと思った役者は芳雄さんだけだ」と公言してはばからず、夜な夜な原田邸を訪れては演技論や映画論をぶつけ合っていたと伝えられています。

その原田家の象徴ともいえるのが、毎年正月に開かれていた伝説の「餅つき大会」です。東京・杉並の自宅には、正月になると俳優、映画監督、ミュージシャン、裏方のスタッフから近所の人々に至るまで、数百人規模の人間が押し寄せました。勝新太郎、柄本明、水谷豊、岸部一徳、浅野忠信、妻夫木聡といった錚々たる顔ぶれが法被を着て杵を振るい、原田芳雄が満面の笑みで迎える光景は、昭和・平成の映画界における最大の梁山泊(りょうざんぱく)でした。

山本 拓海

山本 拓海

ヘルス&ウェルネスアドバイザー

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest